幻立喰・ソ

第45回「『しむら〜、うしろ、うしろ』世代ではありませんが」

 たかが3ケタの数字なら、ぱぱっと記憶できます。が、憶えたつもりが、ぬるっと記憶から抜けていることありませんか? 
 ちくわ天そばを食べます。春菊天でもいいです。食べながら、麺、おつゆ、天ぷら、店員さん、店内見取り図等を記憶します。普通の人はしませんが。
 ミシュランの調査員と誤解されないように「ごちそうさん〜」と杏ちゃん気取りで店を出て、忘れないうちに立喰・ソ帖に記入します。これも普通はしませんが。
 さて値段は……370円? 360円だったかな?? たしか、かけは250円……230円だったかな? 憶えたはずの3ケタがイカフライすっぽ抜け現象(by東海林さだお先生)で、するりと抜け落ちているのです。たまにあるよね〜。単純なものほど忘れるよね〜。と楽観していたのですが……これが4ケタになると「いちよんにーろく〜」と口に出して繰り返さないと憶えられなくなっているのです。食後のお茶を飲みながら「ご飯はまだですかいのう?」という鉄板のボケに到達するのも遠い未来ではないのかと、一抹どころか一万抹くらいの不安がよぎります。が、一万抹のいちまんは、私にとってほぼ天文学的ケタ数です。

 すっぽ抜けに負けてなるものかと、最近めきめきと頭角を現わしているのが2度目の初体験です。
「コイツ、とうとう本物になりやがった……」そう思われるでしょうが、そうじゃないんです。すでに行った立喰・ソを初体験のつもりで再訪問しているということなんです。温泉みしゅら〜んのブースカ主筆もやらかした、訪問件数が増えるとやりがちなミスです。ただし、ブースカ氏は初体験だと思って入ったのに途中でデジャブーに襲われ、帰って調べたらやはり入っていたという顛末でしたが、私はデジャブーどころか、嬉々と無邪気に2度目の初体験を済ませ、立喰・ソ帖に堂々の二重記入しても気が付いていませんので、うっかりミスという軽レベルではありません。
 3度目の初体験は未経験ですが、遅くとも今年中には実現するような気がします。
 そんなお得なダブル初体験をやらかした立喰・ソを紹介しようと思いましたが、現役店で盛業中ですし、「うちは影がうすいんか!」と怒られそうなので、そっと記憶庫の奧にしまっておきます。すると忘れてついに3度目の危険度膨張……


チェーン店

チェーン店
大手チェーン店は、同じような店構えだし同じようなメニューだしで、よほど素敵な店員さんか、よほど強烈な店員さんでもいないと、強く印象に残らないことが多く、二度の初体験をやりがちです。あっ、写真はもちろんイメージです。(2013年4月と10月撮影)

 ボケ自慢はこのへんにしてと。唐突ですが、サンマでおなじみ目黒から、山手線内側を縦断し、ビッグエッグの水道橋、おじいおばあの巣鴨を抜けて、かつて飛び降りで名を馳せた高島平を結ぶ地下鉄が都営三田線です。
 その誕生前、シティボーイのT急に「将来は君の所に乗り入れるんだからさ、線路の幅を僕と同じにしてよね」、ヤンキーのT武T上線からも「高島平まで線路つくっからよ〜、1067mmでな」とプロポーズされました。同じ都営の大先輩、浅草線と同じ1435mmの標準軌(新幹線と同じ幅)で建設するはずでしたが、それならばとT急、T武と同じ1067mmの狭軌に変更したのです。そしたらこともあろうか、「H蔵門線と乗り入れすることにしたから」「おしゃれなU楽町線にしたから」と両社共に相手を変更する大どんでんがえしのドタキャン。婚約不履行、いや、結婚詐欺みたいなものです。そんなヒドイ目に遭いながらも、どこかのどうしようもない国と違い、過去にこだわらず未来を見据え、現在はT急と相互乗り入れをしている懐の深い地下鉄です。三田線のツメの垢を、どこかの国のヒステリー大統領に飲ませたいと思うのは我が国民の総意でしょう。しかし残念ながら三田線にはツメがありません。返す返すも残念です。


三田線6300系

東急3000系
本来ならT急I上線を経由してD園T市線とくっつくハズだったのに、巡り巡って旧目蒲線とくっつくことになろうとは。初期型6000系電車は遙かジャカルタへ嫁いで行ったし、まったくもって波瀾万丈な三田線です。左は都営6300系、右がT急3000系。(2014年4月撮影)T急車はあの大雪の日にH吉でオカマを掘ったあの電車の兄弟5080系も来るらしいですが、未だ出会っていません。

 そんな慈悲深い懐に抱かれるように、神保町から高島平方面にかけて約30軒の立喰・ソが軒を連らねています。幻立喰・ソ化した物件まで含めると、神保町-高島平の16駅間には40軒以上が密集し、マーキングしていくと三田線が浮かび上がるようです(誇張気味)。普通の住宅街にこの密度、逆に神保町から目黒方面は、オフィス街の連なる三田まではそこそこありますが三田以降はほぼ皆無です。いかに板橋区民が立喰・ソを愛好しているか解ろうというものです。例の総務省統計局の家計調査(そのへんのヨタ話は第34話で)に立喰・ソがあったら間違いなく上位でしょう。
 中でも周辺に4軒もあるのが、いつも志村坂下だったか志村坂上なのか解らなくなる志村坂上駅周辺。坂下? 坂上? 志村? ん? 加藤? 仲本? 高木? いかりやじゃないよな。荒井だったかな? あっ、そうか坂上だ。坂上二郎! 飛びます飛びます。という、ありがたい二人の昭和大芸人の名を頂くありがたい駅なのです。


利根

むぎなわ

武田

源太郎

おかだ

豊しま

釜や

あげまる

もりしょう

そばもと

都

おくちゃん

ひろ

まきおか

もりや
三田線沿線の素敵なソたち(の一部)。どれがどこのソだか、例によって私は……よく憶えていません。(2004年8月〜撮影)

 それはさておき、4軒もあるのに、食済はまだ一軒のみ。しがないサラリーマンだと土、日、祝しか行けませんが、行くとシャッターが下りているのです。幻立喰になってしまったのかと激しく動揺しますが、定休日なのでしょう。土日定休は珍しくありませんから。でも、たしか土曜はやっているはずなのに、2軒はシャッターを下ろし、もう一軒は休憩時間だったのかシャッター半開き状態でした。
 今月再び出撃したのですが、今度は3軒ともにシャッターが降りてました。しかも駅すぐ横の好立地にあった竹風亭は、明らかに違う名前の違うお店になっているではないですか。2度の初体験どころか、3度も入口まで行ったのに入れさせてもらえず、行けないうちに逝ってしまったのです。行く前に逝った立喰・ソは数知れずですが、3度も行ったのに行けずに逝かれちゃったのは初めて。かなりパンチの利いた未体験の初体験となってしまいました。


竹風亭

竹風亭
ついに未食のまま幻立喰・ソの仲間入りをしてしまった竹風亭。シャッターが半開きだったあの日あの時、もうちょっとがまんして待っていれば。(2009年3月撮影)後悔役に立たず。どうやら呑み屋さんになったようです。(2014年3月撮影)

 残りの2軒、果たして逝く前に行けるのか、ひょっとしてもう逝ってしまったのではないかと、恐れおののく日々を過ごしております。先日は、シャッターが開いていたので入ろうとしたら、通行人に呼び止められました。なに? と振り向いた瞬間、シャッターがガラガラガラ……という「しむら〜、うしろ! うしろ!」状態の夢まで見てしまうほどです。
 寝ても覚めても悩ましい、志村坂上なのです。

*   *   *   *   *

●立喰・ソNEWS 2014 お役所仕事ばんざ〜い

その三田線の東村山三丁目ならぬ、志村三丁目駅には「ことぶき」という立喰・ソがありましたが昨年閉店。「都民及び都営交通利用者の安全の確保、利便性及び快適性の向上並びに交通道徳の普及を推進する事業などにより、都営交通事業の使命達成に協力し、もって首都東京の交通事業の健全な発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的としています。」という、まったく頭に入ってこないけど、理想的な目的と「私たちは、都民やお客様が安全・安心、快適に都営交通をご利用していただけるよう、都営交通事業を積極的に支援し協力していくとともに、事業の重要な一翼を担い、その最前線でその社会的使命を果たしていきます。」という、これはなんとなく解るような経営理念の一般財団法人、東京都営交通協力会の収益事業部門でした。大阪市長のあのおっちゃんがばっさり切り捨てた、いわゆる外郭団体です。というと、お役所仕事よりお役所仕事=まずかろう高かろうやる気も覇気もなかろうバカヤロウ! イメージですが、ことぶきは違いました。店内にまんが本がたくさんあって好きでした。大きないなりには刻んだ紅しょうが入って45円、好きでした。しゃきしゃきのニラと揚げ玉入りのニラ玉そばが一番好きでした。素敵だった詳細はいずれまた。ちなみに跡には元祖揚げたて、茹でたて系、両国の王者、高速増殖炉みたいな名前のMJが入りましたので件数はプラマイゼロ。チェーン店より一般店率の高い三田線沿線、レベルの高い板橋区民をうならせるようがんばってくださいませ。


ことぶき

ことぶき
在りし日のことぶきと、おいしかったニラ玉そば。(2012年11月撮影)

バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在600店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べるだけで、たいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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