幻立喰・ソ

第50回「冒険のトビラ」

 普段は特に疑問(というか愚問)なく聞き流しますが、いや、地震速報を聞き流してはいけません。ことによっては命に関わりますから、真剣に聞いて下さい。そういうことではなく「念のため津波に注意してください」の後の「この地震による津波の心配はありません」のことです。「ああ、津波はこなくてよかった」とほっと一安心ですが、きっぱりと「津波は来ません」となぜ言ってくれないのでしょう。「別れろ切れろは芸者の時にいう言葉、今の私にはきっぱり」と言ってほしいのに、もしかして「心配はしなくていいんですよ。心配したところで来るときは来るんですから」という含みがあるような気がして、それこそ心配になります。

 そしてもうひとつ気になるのが、唐突ではありますが「小さなスナック」です。パープル・シャドウズの有名なヒット曲ですから、全部は歌えなくても「小さなスナック〜♬」の部分は知っていらっしゃるのではないかと(除く平成キッズ)。気になる愚問その2は「小さなスナック」とわざわざ付けるまでもなく「大きなスナック」があるのかどうかということです。

 そもそもスナックとは? 困った時のウィキ先生によれば、スナックバーの略で、一般に女性がカウンター越しに接客する飲酒店のことだそうです。カウンターですから、それほど大きい店でないことが解ります。

 そしてスナックとは? 軽食とかおつまみのことだそうです。スナック菓子のスナックは、スナックバーで主に供されるお菓子だからではないのです。ついでにさやえんどうのでっかいやつは、スナックエンドウではなく、スナップエンドウが農林水産庁が制定した正式名称なのでお間違いなく。

 いきなり鉄話でたいへん恐縮ですが、近鉄にはスナックカーという特急電車がありました。とはいえ、名古屋から上本町までカウンター越しに厚化粧のばばあが、タバコの煙を鼻から出してけだるそうに話し相手になってくれるのではなく、軽食を供用できる小さなカウンターコーナーの付いた特急電車なのでそう呼ばれました。


スナックカー

コンパ
近畿日本鉄道のスナックカーです。なのですが、これはスナックカーなのにこともあろうかスナックコーナーを省いてしまったスナックのないスナックカー、12200系(だと思います)。んなことは、どうでもいいですね。それより、どうせなら「来夢来人」とか「ルージュ」とか「あけみ」みたいなスナックっぽい列車名をつけると、楽しいんじゃないかと。(2005年7月撮影) 大きなスナックと思われるのが江古田のコンパ。「ああ、エコパンね。細い階段を上がると暗い感じで、S字のカウンターの中におばちゃんがいたかな。かわいいおねーちゃんはいなかったです。当時ホワイトのキープが2700円くらい。35年前の話ですが」GMB主筆エトさんは学生時代よく行ったそうです。(2013年12月撮影)

 と、一通りスナック問題をふくらませたところで、本題に入るのかと思えば、まだまだスナック話は続きます。

 小さな町でも駅前にぽつんとあるのがスナックや小料理屋(大料理屋や中料理屋もあるのかという、おいしいツッコミはしつこいのでやめます)。今なら街道沿いにコンビニの一軒くらいはあるやもしれませんが、かつて地方都市の場合、夜中に開いているのはスナックか小料理屋のみで、お世話にならざるを得ないことが多々ありました。ただし、一見で入るのはかなりの勇気が必要です。その主な要因は以下の通りです。

1.ほぼ常連客オンリー。空いている席であっても、常連さんの指定席化しており、うかつに着席すると後から3丁目の水沼さんとか電気屋の木下さんが来て、露骨に嫌な顔をされます。それこそ仲間入りの最大のチャンスであるとスナッカー(スナック上級者)は言うのですが。

2.席問題をクリア出来てもママの「これ作ったんだけど、よかったら」波状攻撃に見舞われます。今日は魚の気分であっても角煮や筑前煮などが供用され、食べたいものが出てくるとは限らないのです。いや、むしろ逆だと思ったほうがいいでしょう。スナッカーにとっては、大きな魅力のようですが。

3.それもクリアしたとして、最後に待ち構えるのがお会計。飲み食いしてお金を払うのは当たり前ですが、あまり好きではないけれど無料だと思って無理に食べた「これ作ったんだけど、よかったら」も、ちゃんとチャージされているのが普通です。しかも結構いい値段だったりします。誘われるままにカラオケの2〜3曲(ほぼ有料)も歌えば、マンシュウ越えも珍しくないでしょう。しかし、これはぼったくりとは違います。不明朗会計のドキドキもまたスナックの魅力であると、スナッカーは語るのです。

 しかし入店前にもっと大きな壁が控えているのです。入店を躊躇させる最大の要因が、店内の様子が外からは解らないということなのです。これもスナッカーに言わせると、どんなママなのか、想像とのギャップも楽しみであるらしいのですが。

 延々スナック話をしてやっと本題です。立喰・ソの場合、前記の1〜3はほとんど関係ありませんが、やはり店内が見えないと入りづらいのは事実です。富士吉田や本場讃岐の一部うどん屋さんのように看板ものれんもない、どうみても一般家屋にしか見えない、というか一般家屋がうどんを食べさせているような場合、「おいおいおい、ここかうどんを食わせるって家は。いいか、いますぐうどんだ。天ぷらうどんだ」(もちろん富山敬さんの声で)というアクセル・フォーリー刑事のような強心臓はともかく、事情が分からない一見さんが入店して、オーダーして、口にするのはまず無理です。さらに「一見さんはあまり来て欲しくないんだよ」的な衝撃の立喰・ソもあるらしいです。本当ならば看板を出す必要はないんじゃないかと思いますが、ややM体質の私はぜひ罵倒され、しゅんとなりながらソをすすって、メラメラと逆恨みする貴重な体験がしたいと行ってみたのですが……そこまでいかなくても、例え大きな「立ち食いそば うどん」という看板が出ていたとしても、なんとなく入りづらい立喰・ソも存在するのです。ということで、一見さんもウエルカムなのに、入店しづらい立喰・ソ、それが今回のお題目です。

スナック スナック
地方都市にありそうな路地の奧にたたずむスナックの群れ。路地の入口にヤリ手ばばあが構えていたら、デンジャラス度数さらに倍。(2012年6月撮影) 北海道札幌郊外某所の一見さんお断わりと噂の某店。はるばる遠征したのにお休みでした。ですが内心ほっとしました。小心者ですから。(2014年5月撮影)

 まずは下の写真を見て下さい。「立喰 そば うどん 京らく」とひさし看板があります。が、入口は看板の1/3くらいの小さな普通のドア。営業中の札は出ていますが、暗いため中がどうなっているのか判別不能です。秋葉原駅昭和通り口の真横という好立地であり、黙っていてもお客さんがやってきそうなのですが、並びにわかりやすいチェーン店のHがあるため、一般の方はためらうことなく評価の高いHへと吸い込まれていくのが道理です。

 ここで、どんぶり一杯分の好奇心と、七味ひとふり分の勇気があれば、冒険の扉を開くことができます。なんて、上手いことを言った気分に浸っていますが、そんなものなど必要なく、普通にドアノブを回せばドアは開き、誰でも簡単に入れます。


京らく

京らく
秋葉原の昭和通り口を出てすぐ目の前。引きでぱっと見ると不動産屋さんかと思います。ちょっと見える韓国料理店のお隣にチェーン店のHそばがあります。(2013年1月撮影) 引き戸の立喰・ソはありますが、ドアタイプはあまり見ません。あれ? ドア開いています。クリックすると2002年ごろのもっと大きな看板時代の写真が出ます。こちらはちゃんとドア閉まっています。(2013年1月撮影)

 ドアを開けると、穴倉のような店内は詰めれば10人くらいは入れそうな広くはないけれど狭くもない空間です。三方にカウンターがあり、イスやテーブルのない純な立喰・ソです。おつゆのだしがたっぷりと染みていそうな壁とカウンターに重ねた年季を感じます。きょろきょろしていると、間髪入れずちょっと怖そうなおやっさんがぎろっと睨み(実際は睨んでいるわけではないのです)、低く通った美声で「いらっしゃい」と迎えてくれます。


京らく

京らく
壁に貼られたお品書き。立喰・ソ帖の記録によればこのときわたしが食べたのは、お品書きにはないゲソ天(400円)でした。さらにその前年にはちくわ天+玉子+いなり(350+50+160円)も食べています。クリックすると出てきます。お品書き以外のメニューもあったんでしょうが、そこらへんの記憶がさだかではありません。(2013年1月撮影)

 あわてて壁に貼られたお品書きをみれば、かけ、たぬき、きつね、月見、天ぷらと天玉のみですが、ゲソ天やちくわ天なんかもあったはずです。迷うほど選択肢のある耳なし芳市メニューではないので、おやっさんの威圧感に屈することなく(いや、だから威圧していないんですって)、さっと注文。すると「天ぷらそばですね」としっかりとオーダーを復唱してくれました。あいさつは接客業の基本ですが、単価の安い立喰・ソゆえ、スマイル¥0ならぬ、復唱0回も珍しくはありません。大きな動作や音もなく、必要最少限の無駄のない静かな動きでささっとソを出すその姿は、洗練された立喰・ソ職人。あっというまに(立喰・ソですから、これは当たり前。でも最近は生そばも珍しくないので)「おまちどうさま」の通る声とともにさっとソを出してくれて、かえって恐縮してしまいます。しかもうれしいことにねぎは入れ放題。入れ放題といえば、低価格と24時間営業と豊富な天ぷらでファンの多いIもそうなのですが、ねぎの切り方がおおざっぱ。安くて入れ放題なのですから、それくらいは許されて当然なのですが、キチンと丁寧に刻まれていた方が嬉しいことには間違いないでしょう。ここ京らくは、すべて同じ厚さで刻まれているのではないかと思えるような見事なネギ刻み。おやっさんの丁寧な仕事っぷりが見事です。

 このように、ドアを開けて店内へと入ってみれば、昭和立喰・ソ博物館のような、とても味のある粋でステキな空間の京らくではありましたが、あまたの幻立喰・ソの例の如く、しばらくごぶさたで久しぶりに前を通ってみたらちょっと様子が違う、あっと思って見直せば、影も形もないというパターンで、2014年夏にはラーメン屋さんになっていました。低い声がステキなおやっさん、お元気でしょうか。

 こうしてまた、秋葉原からまたひと昭和の風景が消えました。今宵は大きなスナック、エコパンで別れの献杯をしましょうか。ん? あれ?? 江古田のコンパでしょ、だったら「エコパン」ではなく「エコンパ」じゃないんですかエトさん? 



京らくの跡
いつのまにやらラーメン屋さんに……特徴的だった狭いドアは普通の引き戸になっていました。(2014年8月撮影)

*   *   *   *   *

●立喰・ソNEWS 2014 
二度あることは三度目の正直?

2010年の7月から始まって、今回で連載50回。消えていった立喰・ソをお題目によくもまあ続いたものです。ということは、この4年近くで50軒の立喰・ソが幻立喰・ソになっているということでもありません。関係ないネタとかも混ざっていますので。そんな50回記念を祝すように、編集部に最も近い京急鮫洲駅前のゆで太郎鮫洲店が2014年9月16日をもって幻立喰・ソ入りしてしまいました。わたしの通貨危機を救ってくれただけに、残念です。実はこの場所は……。


ゆで太郎

味の里
鮫洲駅前のこの場所には2006年6月頃に味の里という立喰・ソができました(写真右)。それが半年後の12月に早くも閉店、翌年ゆで太郎になりました(写真左)。しかしゆで太郎も幻立喰・ソに……次も立喰・ソになることを熱望しています。(左は2014年9月、右は2006年6月撮影)

バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在600店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べるだけで、たいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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