幻立喰・ソ

第51回「やれといわれれば、1年や1年半はずいぶん暴れて見せましょう」

 今年は東海道新幹線が開業して50周年。日頃は新幹線に縁も縁も(「えん」も「えん」もではなく「えん」も「ゆかり」もです)ないひとも便乗商法花盛り。玉石混合もまた、結構なことです。どこでもいいから新幹線の基礎データを取った超カッコイイ狭軌世界最高速度ホルダー、クモヤ93のムック本と模型を出してくれないものでしょうか。売れると思うんですけど。
 クモヤ93は知らなくても「ぜろけー」は普通に誰でも知っています。新幹線生みの親である十河さんも島さんも、ほっとしておられることとお喜び申しあげます。JKどもに至っては「ゼロヶー超カワゆィ〜す」とか「ゼロヶーマジヤバイんですけど」とかぬかしやがりますので、かっこ苦笑されていらっしゃることとお察し申しあげます。最近は、出来そうなビジネスマンが難しい顔をして新幹線の通路側の席で読んでいる経済雑誌も鉄道や新幹線をネタにすることがよくあります。窓側の席で笑いをかみ殺すため難しそうな顔で読んでいるできなさそうなビジネスマンの9割は、間違いなく鉄です。


レリーフ

レリーフ
東海道新幹線改札を入ってコンコースのどんつきに埋め込まれている記念のレリーフ。何を考えているのか、何も考えていないのかスポットライトなんぞが当てられているのでかえって見にくいです。ほんとに余計な事にせっせと力をつくす会社です……なんとかうまい具合に撮れないかうろうろしていると、気が付けばだいたいうしろに視線を感じます。そうです警備員がじっと見ています。撮るけど盗らないのに。 新幹線ホームの先端部にある新幹線生みの親、元国鉄総裁の十河さんをたたえるレリーフは有名ですが、裏側はこうなっています(クリックしてください)。本来なら穴の開いている部分に入るのは北海道、東北、上越、成田、北陸、上越、九州(鹿児島)、九州(長崎)などでしょう。すでに開業している線もあるのに空白とはほんとにキ○タマが小さい会社です。裏を見ようとうろうろしているとすぐに警備員がやってきます。

 現代は情報社会ですから、最初は0系と呼ばれていなかったことを知っていても誰も驚きませんが、理由まで知らない方のために老婆心ながら申し上げます。当時新幹線と言えば0系しかなかったのですから系列で呼ぶ必要はありませんでしたし、最大の要因と言われているのは、車両をコンピュータで一括管理することになったのですが、当時のコンピュータは、扱えるデータ量が少なかった上に、数字しか処理できなかったので従来の〜系を省き、クモハとかモハという分類も数字で表わした結果ということらしいのです。今なら合コンでもネタにできます。少しためになりましたね。

 では、誰が最初に0系と呼び始めたのか? そもそも新幹線と言い始めたのは誰でしょう? 当初は弾丸列車とか広軌幹線とか超特急と呼ばれていました。昭和39年、国鉄に東海道新幹線支社が発足したことによって公式に新幹線と呼ばれるようになったのですが、肝心の誰がいつ言い出したのかはわかりません。0系も新幹線も名付け親は今となっては歴史の闇の中。全く浸透しなかったE電の名付け親はみんな知っているのに不思議なものです。


0系

起点
0系です。日本各所に保存されています。神戸のカワサキワールドでは運転台も客席も座れます。今見るとカッコイイと思いますが、現役の頃は見向きもしませんでした。ほとんどの鉄がそうだと思います。私は小学校の作文で「新幹線建設反対」「国鉄合理化反対」「マル生粉砕」の三題噺を書いて職員室に呼ばれました。たぶん「日教組万歳」を書き忘れたからだと思います。 東京駅の東海道新幹線ホームには新幹線の起点を示す標識があります。ホーム上と線路上にあります。線路上のは列車がいるときは見られません。いなくなった隙を狙って見て下さい。でもホーム柵からちょっとでも乗り出すと、すぐに警備員がすっとんできて無言でしっしをします。イラっとしますが、イラッとするとおまわりさんを呼ぼうとしますので冷静にね。

 「立ち喰いそば」という名称も、いったい誰がいつ名付けたのか。毎度お馴染みウイキ先生によれば、江戸時代の屋台が発祥のようですが、立ち喰いそばの名付け親まではわかりません。
 最近は立喰・ソと言えど椅子付が浸透し、名前と形態が一致していないということで「路麺」という呼び方もマニアを中心に定着してきましたが、一般民間人にはまだまだでしょう。無論、当コラムのみの「立喰・ソ」などは論外中の論外の論外の欄外です。
 ということで、今回は立喰・ソの店舗名の起源について探ろうとおもいましたが、かなりめんどくさいのであっさり撤回。せっかく新幹線50周年でもあり、リニア新幹線着工も決まったことなので、リニア開発の裏話から始めましょう。

「いらっしゃい」
「天そば」
「おまち」
 とんとカウンターに置かれたどんぶりが勝手につっっっっーと移動しました。「オーマイガッ!」と目を剥き、十字架を胸の前で切ってしまうのは、立喰・ソ初体験の敬虔な外国人。すでに各家庭においてみそ汁移動現象を体験している日本人は恐れません。どんぶり底部についた水が、おつゆの熱によって膨張してどんぶりを浮かせる現象のためとか。ぬるいおつゆでは起こらないのです。ほんとに? 
 今から50年ちょっと前、東京は亀戸にあった老舗びっくりそばで、この現象を見た旧日本海軍技術士官のひらめきにより、超電導磁気浮上式リニアモーターカーの開発が始まったことは意外と知られていません。
 当たり前です、ぜんぶ今考えた私の作り話です。


軽井沢

弁天町
立喰・ソ発祥の地は未だ解明されていませんが、駅そば発祥の地は信越本線の軽井沢駅。あの釜飯で有名なお○のやさんの直営店です。堂々と看板が掲げてあるし、今のところ反論する駅もないようですし、オシャレ番長の軽井沢っていうのも粋ですから。(2010年8月撮影) 大阪にあった交通科学博物館では0系(しかも貴重な初期型)と517km/hを記録したリニアのML500が同時に見られました。その反対側ではド珍車CP77の白バイ仕様とのツーショットも。たいへん素晴らし博物館でしたが2014年春に閉館しました。(2013年12月撮影)

 というヨタ話ではなく、リニアモーターカーの名付け親は、ミスター・カルウセーこと開発者の京谷好泰さん。これは憶えておきましょう。リニア開業50周年のときにいばれます(2077年まで、がんばって長生きしましょう)。
 JR東海が社運をかけ建設するリニア新幹線。2027年に名古屋、2045年には大阪まで開業するとかしないとか。時速500キロで名古屋まで40分、大阪まで67分と現在の半分以下で到達します。江戸時代は東海道を一日10時間歩いて13〜15日(東京日本橋〜大阪日本橋)だそうですからリニアだと322倍。で、いいんでしょうか? 算数は(も)全く自信ありません。
 計画通りならば13年後の名古屋はなんとか乗れそうな気がしますが、31年後となると……50年後は絶対に無理。といいますか、本当に出来るのでしょうか。

 というわけで(こればっかり……)新幹線開業50周年を記念して、開店からすぐに幻立喰・ソになってしまったお店をいくつかご紹介させていただき、今月は(今月も)のシメとさせていだきたいと思います。新幹線だけに「光陰 ひかりの如し」というタイトルを思いついてにんまりしたのですが、早いといっても第21回でお伝えした「矢の如し・立喰・ソ」と比較すれば遅い(長い)ですから、なんと表現すればいいのでしょう。矢より圧倒的に速い光では話になりませんし、のぞみやこだまでは、おかしなことになります。

 それはさておき(こればっかり……)、新規開業したのに1〜2年で幻立喰・ソというパターン、かなりあります。まさか対米戦の備えを聞かれて「やれと言われれば、1年や1年半はずいぶん暴れて見せましょう」と答えた山本五十六大将の真似をしているわけではないでしょう。そこになにかしらの深い理由があるはずですが、わたしのような第三者がおいそれと足を踏み入れられる領域ではないのです。と、取って付けた言い訳とともに今月はこれまで。いつもにも増してキレもコクもありません(江戸時代比322倍)。


第一そば 立会川

第一そば 立会川
第2回でご紹介させていただいた京浜急行立会川駅前。その駅前にあった「立会川第一そば」(2006〜2008年 ※生存期間は記憶に頼っていますから不正確ですね間違いなく。以下同)。向かい側の立喰・ソは現在も盛業中。ということは闘いに敗れて撤退? 跡地は持ち帰り鮨店に。かき揚げそば350円。(2006年12月撮影)

やじきた

やじきた
秋葉原の昭和通り沿い、第12回でご紹介した謎のチェーン店? スエヒロ跡に出来た「やじきた」(2010〜2013年夏)。同業種からの転換パターンですが今ではラーメン屋さんも定番パターン。現在はカレーは飲み物という看板のお店に。しらす丼セット580円。(2011年5月撮影)

木助

木助
目黒の権之助坂にあったものすごーく狭い「木助」(2010〜2013年)は、本格的なそばにつゆ、揚げたて天ぷらに、ねぎと生の唐辛子をなにかであえたユニークな辛ねぎ玉そばなど、すごくやる気と愛想の良い店主が営む期待の新進気鋭系だったのに。今は居抜きで違う立喰・ソになっているのがせめてもの救い。辛ねぎ玉そば390円。(2010年2月撮影)

東陽そば

東陽そば
幻立喰・ソ(店名失念)を居抜きで再会したのが、地下鉄東西線木場駅と東陽町駅の間にあった「東陽そば」(2010年夏〜2012年)。広く明るくオープンカウンターの珍しい作り。8枚で好きな天ぷらそばを食べられる回数券よりお得な太っ腹なサービス券をもらえたのに。跡地はおきまりのラーメン屋さん。春菊天そば400円。(2011年6月撮影)

よし味

よし味
御徒町駅そば、アメ横の先という好立地にあった「よし味」(2012年11月〜2013年暮)。100円のおつまみもあって、ちょっと一杯というニーズにも鋭く対応し、24時間営業でがんばっていたのに。天ぷらそば350円。(2013年8月撮影)

お茶ノ水庵

お茶ノ水庵
今年の年頭、第42回でご紹介させていただいた満松庵の後に入った「お茶ノ水庵」(2013年11月〜2014年10月)。シャッターが閉まっていると思ってよく見たら、新しい立喰・ソになるようです。ちくわ天そば380円。(2014年撮影)

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●立喰・ソNEWS 2014 
このところもろもろの事情でまったく取材に行っていません。もろもろの都合でだいぶ前のお話ですが北海道は岩見沢駅前にある、諸説もろもろありますが実はゲソ丼発祥の地ではないかといわれている、こもろが駅前再開発によって今年の2月に閉店したようです。もろもろの事情があるのでしょうが、再開発後こもろが復活することをもろに願います。もろもろに都合を付けて年内になんとかこもろの確認に行きたいのですが……


こもろ

こもろ
あの大手チェーン店と同名ですがまったく無関係。ソは何を食べても320円! ステキすぎます。ゲソ丼は残念ながら未食のまま。(2013年5月撮影)

バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在600店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べるだけで、たいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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